AOSHIMA BEACH PARK

Session On the Shore

日常を変えていく
青島の新しい潮流

アウトドアそのものが日常になる。
サーファーにとって当たり前の過ごし方ですよね。

青島が変わろうとしている。少し前までこの土地には、どこかその盛衰の陰を感じさせるところがあった。しかしここ最近、明らかな変化を肌で感じることができる。感度の高い飲食店やショップ、そして去年からの青島ビーチパークの出現と今年4月のサーフシティ宮崎の設立は、そんな変化を象徴している。

※2016年時点

ビーチカルチャーを発信する青島ビーチパーク。アウトドア・フィットネスを提唱するサーフシティ宮崎。同じビーチサイドで、でも違うアプローチの仕方で、日常に変化をもたらそうとしている。潮の変わり目の中心にいる二人の仕掛け人の話に耳を傾けてみた。

――まずは青島との出会いを教えてください。

黒野最初は5年くらい前です。宮崎はもう世界でも有数のサーフポイントで、言葉で表せないような、最高の波があるんです。僕はいま16都市でクラブを展開してますが、創業したのが神奈川の葉山なんです。目の前が美しい海という場所からスタートしたんですけど、それを上回る日本でも最高の立地だなっていうのは、実は当時から思っていました。

宮原僕は15、6年くらい前。サーフィンはじめてすぐ宮崎に来ました。海には人も少ないし、ご飯もうまいし、街も近い。そこから1年に2、3回くらい通いました。最初に来た時に、ここは住んでも気持いいかもってすぐ思いました。住んでもないのにビジターサーファーとして、結構海に入っていましたね。

――サーフィンとの出会いはどんな状況でしたか?

黒野元々大学のときにライフセービングクラブに入っていて、新島のライフガードだったんです。その頃からサーフィンをはじめて、卒業後は仕事しながら湘南の鵠沼海岸に住んで出勤前のサーフィン。休みがあれば南カリフォルニアによくサーフトリップに行っていました。

宮原就職してすぐの頃、同期とハワイにゴルフ旅行に行く予定でした。でも先輩に「ハワイ行くなら絶対サーフィンやってこい」って勧められて。ワイキキでボードを借りてやってみたら、ロングボードでいきなり立てちゃったんです。4人でゴルフの予定が、僕だけずっとサーフィンしていました。もうそこからハマって、当時は1年に120ラウンドぐらい。会社の休みは全部サーフィンに充てていました。

――世界中のビーチを見てきた上で、青島のどんなところに魅力を感じますか?

黒野僕はアウトドアフィットネスのコンテンツをプロデュースしていますが、日本中でここまで遠浅のビーチブレイクってあまりないんですよ。木崎浜からだんだん青島に行くにつれ、波が穏やかになっていくる。人工物(テトラや堤防)がなくて、波のレベルが分かれているってすごく珍しいです。さらに宮崎市が、青島の公園やランニングコース、シャワーやトイレを整備していて、日常のなかで健康づくりのためにサーフィンやSUP、ランニングを始めるには最適な場所です。

宮原僕の場合、一番は「人」ですね。カリフォルニアにしても、オーストラリアにしても、ハワイにしても、良いビーチには、スタイルを持ってそこで過ごすいる人たちがいます。家族でバーベキューしながら朝から晩まで過ごす。ベビーカーに赤ちゃんを乗せたママが浜辺でランニングする。それを目の当たりにすることでまた人がどんどん増える。人が作る風景が日常をつくっていくわけです。青島にはそういうポテンシャルがあって、それが一番の魅力だと感じるんです。

――イベントやレジャーという非日常ではなく、日常の豊かさに注目しているところが一致してますね。そこがカルチャーにつながると。

宮原そう「日常」なんですよね。僕はたまたまサーフィンをするから、サーフィンで海を身近に感じます。けど、そうじゃなくていいんです。散歩する、本を読む、あるいは何もしなくていい、みたいな。歯磨きしたりシャワー浴びたりするのと同じように日常の中で海を感じる。それこそがビーチスタイルだって思います。ビーチで過ごす思い思いのスタイルが時間をかけて集積していって、青島だけのビーチカルチャーが作られていく。でも宮崎ではあまりに身近すぎて、近くに住んでるのに一年に一度も海に行きませんって人たち、結構いるんです。なんてもったいなんだろう、って。だから今年のビーチパークは、海水浴シーズンじゃないときにやっているってとこに、僕はとても大きな意義を感じてます。

黒野僕は宮原さんと同じビーチサイドで、健康やフィットネスというコンテンツでやってるんですけど、やっぱり日常を作ることなんです。アウトドアって夏は海水浴、冬は雪山に行くように、年に何度かのレジャーだったんです。2007年にジョブズがiPhoneを発表して以降、情報社会、ストレス社会に突入しました。便利だけど、人のニーズって情報社会になればなるほど反対側に振れるんですね。例えば子どもを裸足で砂浜の上を歩かせたいとか、芝生や土の上に連れて行きたいとか。それがここ数年で、アウトドアそのものが日常になってきています。でも実はそれって、昔から出勤前に海に出るようなサーファーにとって、当たり前の過ごし方ですよね。

――日常を豊かにするというのは、いまの良い雰囲気を定着させていくことだと思います。それをどう考えますか?

黒野フィットネスは生涯通じて続けることで、健康になってゆくものです。イベントで終わらず、季節が変わっても、ずっと飽きずに続けなきゃいけない。だから雨や暴風の日はヨガスタジオ、厳寒期ならランニングということができるのが青島・SURF CITYの良さです。そういう提案を粛々と続けてゆく。このストレス社会の中で、海やスポーツを通じて社会が豊かになっていくような場所にしたいと思っています。

宮原定着させていくっていうことで言えば、ビジネス的な目線より、僕が一人の父親であったり夫であったり、あるいは一人のサーファーであったりすることの目線のほうがよっぽど大事です。海の近くに住んでいる人間として気持ち良いかどうかを求めるみたいな。黒野さんは黒野さんのフィールドでそれを実践されているし、僕は僕のフィールドでやってます。そう気がついている人たちがたくさんいて、拡がりを見せている。いま青島はそういう変遷期にある気がします。

黒野 崇

SURF CITY 宮崎 プロデューサー

自然の中で身体を動かす「アウトドアフィットネス」を提唱。フィットネス&アウトドア界に新風を送り込む。今年4月、オーシャンスポーツの拠点やヨガスタジオを擁するSURF CITYをプロデュース。

宮原 秀雄

青島ビーチパーク 統括ディレクター

広告代理店の博報堂でアカウントプロデュース職を17年務めたのち、独立起業。昨年1月に東京から家族で宮崎へ移住。昨年夏の青島ビーチパーク始動時よりコンテンツプロデューサー職を務める。